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アナウンス講座を受講し始めました! [学び]

仕事にも慣れ、週末のビールお笑い番組、息子のDSでスーパーマリオブラザーズ

ファミコン版)が唯一の楽しみとなったこのごろ、中年太りも気になりだし、このままでは

いけない!と、突然ですがアナウンス講座を受講することに決めました!

私は話すことが苦手で、とてもコンプレックスを持っています。書くことは好きだし

得意なことのひとつなんですが、話すことがほんとうに苦手。自己紹介など頭が真っ白に

なるし、会話することがそもそも好きではないんですが、意思表示するのに死ぬまで

話さなくてはいけないのですから、ここはひとつ好きになってしまったほうが人生が

もっと楽しくなると考えたのです。

今日ははじめての講座。なんでもわりとすぐにできてしまう器用貧乏な私ですが、、、

苦労しそうです。。。

でも、泳ぎも3年かかったけど習得しましたし、人より上達は遅いかもしれませんが

めげずに努力していきます。

アナウンス講座の先生が言っていました。「なぜ話し方を習うのか。自分のためというより

話す相手に聞きやすく伝えるため、人のために習うんです。」

講座のカリキュラムには最後にラジオで放送したり、番組作りもあるとか。

果たして挫折せずにそこまでたどり着けるか?!

一年後、そんな機会ができたらここでも紹介しますね。ブログを読んでくださってる皆さんに

生の声を聴いていただく。。。そんなことが実現するかもしれません(笑)

乞うご期待?!



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青木悦さんの講演会 [学び]

日曜日、世田谷区民会館で開かれた青木悦さんの講演会へ行った。

「たくましく生きる力」~未来へ羽ばたく子どもたちのために~というタイトル

青木先生が一時間半ほどお話してくださった。

二年ほど前にも先生はわたしの息子が通う小学校にも講演会にいらして、

そのとき申し込みをしていたのに風邪をひいて聞きに行けなかったので

今回は逃すまいと意気込んで行った。


ここに内容は書かないが、ほんとうにこの時期、行ってよかったと思った。

去年の震災から色々なことが起きて、まだ収束していないことも山積みで、

忘れていくこともなんとなく過ぎてしまうこともたくさんあり、

それでも人々の心は不安でいっぱいで、わたしもこれからどんなことを子どもに

伝えていいのか、たくさんの情報のなかで何を選び取っていけばいいのかわからず

毎日を過ごしている。

だから今回、すがるような気持ちで行ったのであった。


お話はわたしたちの心に潜むこどもの理想像や、少年犯罪やいじめなどについてで

あったが、最後に青木さんが、中学時代、いつ死のうかを考えていたとき

救ってくれたのは、廊下ですれ違う先生の「よおがんばりゆ」(よくがんばってるなあ)

という言葉だったという話を聞いて、涙がこぼれた。

この人は子ども時代に父親から暴力を受け、辛い想いをしたから、記者となって

子どもたちの心に寄り添い、代弁することを職業としたのだなと思った。

これから福島に引っ越されて、またそこで暮らす子どもたちや地域の現状を

伝えていくのだろう。

今まで子どもに「あいさつしなさい!」と口うるさく言わなくてよかったということも

今回の講演を聴いてしみじみ思った。

あいさつについては散々学校で教育されてきたし、それに対して特になんの反感も

持たなかった自分も危ないと思うが、あいさつを子どもにしいることの害を

教えてくれたのは青木先生だけだった。

わたしも典型的な「いい子」だったが、途中で挫折してよかったのかもしれない、

もっとがんばっていたらもっとひどいことになっていたと話を聞いて実感した。

家庭が舞台にならないようにもっと自分をさらけだそう、こどもの前でも

だらしなくて弱い自分をもっと見せよう、泣いてもいいんだと思えた。


なかなか簡単に自分を変えられないが、わたしはここのところいい感じで

力が抜けてきていると感じている。

その分部屋が汚くなったりしても、家事のスピードが落ちても、何より自分が

楽で心地よければいいのだと思うようになった。それで他人に対しても寛容に

なったかどうかわからないが、少なくとも自分を苦しめないようになったと思う。

そして、まだまだわが子にも遠慮しているときがあるのに気づけたのも

今回の講演会のおかげだった。

家庭が安らぎを与える場であることはもちろんだが、同時に、もっと言いたいことを

ぶつけ合う場であっていいし、みんなが本来の姿であるように、ときどき

こころの鏡を照らしてみようと思う。








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「何も言えなくて...夏」~自然育児友の会 2006年12月の会報から [学び]

以前、ブログでお伝えしましたが、今日は私が3年前に書いたワークショップ体験記をここにご紹介しようと思います。私は息子が生後6ヶ月の頃からNPO法人自然育児友の会の会員でした。会員といっても、慣れない育児や家事に追われ、月に一度送られてくる会報もあまり目を通さずそのままということも多く、イベントやお茶会にも一度も行ったことがありませんでした。そんな感じで何年も過ぎていましたが、2006年の夏に開かれた井上ウィマラさんという方(高野山大学の教授で瞑想ファシリテーター)のワークショップに参加してみようと思い立ち、子連れで大変な思いをしながら藤野の山の中へ。。。ワークショップは3日間でしたが、そこで深い深い体験をしました。そのときのことを友の会のスタッフの方に「書いてみない?締め切り明日だけど...」と誘われ、思うままに5時間ほどかけて一気に書き上げたのがこの文章です。2006年の12月号の会報に載りました。
そのときは、まだ日常で文章を書くということもなく、夫と飲食店を経営していましたから毎日仕事と家事と育児に追われていました。ほんとうに久しぶりに想いを言葉にして紙に書きなぐったのです。
今、久しぶりに読み返してみると、ここには親との関係が自分のなかで解消されたように書かれていますが、実際にはこれがほんの皮切りで、問題に向き合うきっかけであったように思います。まだここからぼろぼろと垢のように様々な出来事が起きてきましたし、3年経って依然として家族の関係で問題がなくなったわけではありません。ただ三年経って、次兄は統合失調症、母親は発達障害であることを私のなかで受けとめられるようになりました。次兄は相変わらず幻覚と幻聴があるようですし、電話で母親と話しても私の中にはなにかねじれたような感覚が生まれます。私自身も子どもの頃から過呼吸やたくさんの神経症に悩まされてどうしてそうなるかわからなかったのですが、今はその理由や、何より許せなかった自分の行動を理解できるようになりました。どうしても許せなかった兄を「いいんじゃない?(病気)治らなくても。今楽しく生きられれば。」と力抜いて言えるようになりました。家族から離れて、ほんの少し幅広い視野で見ることができればこんなにも変わるのかと思います。そして時間が経つこと、日々の生活が穏やかなこと、身近にいる息子...が一番私を救ってくれたと思います。
前置きがとても長くなりましたが、ここからご紹介したいと思います。


『何も言えなくて...夏』

 会報の井上ウィマラさんの連載「子育てはスピリチュアル」を毎回読んでいた。最終回は親への「感謝と自立」について書かれていて、一番心に残っていた話だった。
 藤野で行われる母子合宿にウィマラさんが招かれることを知ってすぐに申し込みをしようとしたが、なにせ子どもの頃から人一倍人見知りで人付き合いが苦手。あがり症で人前で話すこともダメ。「集団」と言う言葉だけでさーっと逃げたくなってしまう私が、はたして二〇名のお母さんたちの集まりについてゆけるのだろうか…とものすごく不安になった。それでも勇気を出して申し込んだのは、やはり自分自身がこのままじゃいけない、変わりたいという心の底からの欲求があったのだと思う。
 晴天に恵まれ、まさしく「夏!!」という強い日差し、澄んだ空気、もりもりした山の緑に囲まれてこの合宿は始まった。廃校になった小学校を宿泊施設にしたという「しのばらの里」。廊下には木琴などがそのまま置かれている。黒板、ピアノもそのまま…。「学校だー!」。
 ウィマラさんの最初のワークショップ「名前を呼ぶ息づかい」。
 みんなで輪になり、円のまん中に小さい頃の自分がいると想定して、子どもの頃に呼ばれていた呼び方で自分を呼んでみよう。そのときの息づかいを感じよう。声にならない息づかいから始めて次第に呼ぶ声を大きくしていってはっきりと言い、まただんだんと消えるまで呼び続ける。くり返し、くり返し。そのときの息づかいを感じてみる。
 「真ん中に小さい頃の自分」。そう言われて円の中心を見つめていたら、四歳頃の私が経っていた。髪をおかっぱにしてスカートをはいて不安そうに…。そのとたん涙があふれてくる。
 近所の人からは「いくえちゃん」、家族からは「いくえ」と呼ばれていた私。泣かれているのを周りの人に気づかれたくなく、窓のほうへ行って「いくえ、いくえ、いくえ、…」とくり返し言ってみる。どんどん涙が出てくる。私の小さい頃。裕福ではあったが決して幸福とはいえなかった子ども時代。
 そして、母。強烈な存在。最も影響を与えられた人。記憶が出てくる。引っぱっても引っぱっても途切れることなく出てくる紐のようにずるずると。
 しばらくして輪に戻って、今度は一人ずつ自分の名前を呼ぶ。真ん中に子どもの頃の自分がいると想定して。その後続けて皆で呼ぶ。もうすでに目の赤い人がいる。ああ、泣いているのは私だけじゃないんだ、とほっとする。
 次に、自分の名前のあとに、親から言ってほしかった言葉を言う。言葉は人それぞれ。「愛してるよ」だったり「大好きだよ」だったり…。私は「なにしてる?」だった。「いくえ、なにしてる?」
 私の記憶の中の母は、いつも窓辺に座ってぼんやりと淋しそうにしている母だ。テーブルにはカップが乗っている。おかあさん、おかあさんと呼んでもこっちを見ることなく無表情でぼんやりと庭のほうを見つめる母。そんな母を見て私はいろんなことを感じ取った。ああ、おかあさんはつかれているんだ。さみしそうだな。もっとこっちを向いてほしいのにいくら話しかけてもこたえてくれない。どうして?なんで?…
 そして思った。「なるべくおかあさんをこまらせないようにしよう。」
 私は段々とおとなしい子どもになっていった。いつもいつもおりこうさん。「いくえちゃんはいい子だね」とよく人に言われた。ほんとうはおかあさんにこっちを向いて笑って話を聞いてほしい。あのときの私の気持ちがそのままよみがえる。今、私が言ってみる。「いくえ、なにしてる?」続けてみんなの声。「いくえ、なにしてる?」
 いろんな人の声…。母と同じ声はないけれど、それはまるであの時の母に言われたかのように私の中にやさしく響く。とても大きく、とてもあたたかく。窓のほうでなく、私だけを見て、にっこりと笑って「いくえ、なにしてる?」
 その後もワークショップは続いた。
 みんなの子ども時代がよみがえり、それぞれが語り、泣き、共感し、全く知らない家族の話でも聞くたびに胸が揺さぶられ涙があふれる。みんなの満たされなかった思い、うしろめたさ、憎しみ、そして親が大好きだという気持ち…。だれかが泣いて途中で話せなくなっても、ただ待っている。あの時間体験したことはあまりに巨大すぎてどう表現していいかわからなかった。
 最終日、一人一人感想を言うことになり、自分の番がまわってきた。「まず、山と緑に囲まれたこの素晴らしい環境と皆さんに感謝します…。」
 涙があふれる。もう話せなくなってしまった。次の人もいるし早く話さなきゃと思うほど涙が出てきた。私は小さくなって泣き続けた。子どもが顔をのぞきこみながら「おかあさん、ないてるの?」と聞いてきた。思えばワークショップの間、ずっと体を小さくして泣いていた私は、あの四歳の頃の私だったと思う。
 みんなはひたすら待っていてくれていた。何の助言も、慰めの言葉もなく、ただじっと…。あの沈黙。みんなのエネルギー。「いいよ。待っているよ。いくらでも聞くよ。あなたを受けとめるよ…」みんながそう言ってくれた気がして、何か大きなものに包まれた心地だった。
 私がずっとずっと心の底で求めていた安心感、安堵感。「おかあさん!!」という叫び…。
 三日間のワークショップを終えて帰宅したとき、私はすっきりとゆるやかな気持ちになっていた。今まで感じたことのない心の穏やかさ。夫に話しかけられて返事したときの自分の声が変わっていて驚いた。ああ、親子の呪縛が解けたのだ…と知る。
 ぐちゃぐちゃでみっともなくても、ちゃんと話せなくても待っていてくれたみんな。いつもいつもこんなんじゃ愛してもらえないとおびえていた自分。でも、ほんとうの私をさらけだしても逃げることなくひたすら待っていてくれたみんな。
 正直、振り返りのミーティングまで、私はちゃんと話せなかったことを恥ずかしく思っていた。でもみんなと話す中で「あのとき、いくえさんが泣いていたとき、みんなも自分の体験を思い出し、重ね合わせて、味わっていたのだよ」「あの間がよかったのだ」と言われ、あの沈黙の中で、みんなもそれぞれ共に悲しみ、傷を癒していたことを知った。「このままでいいんだ…」私の中の自己肯定感がまた少し強まった。
 廊下に響く木琴の音、子どもたちの走る足音、「おかあさーん」と泣いて甘える子どもたち。
 二日目の夜だった。畳を敷いた広くうす暗い教室で子供たちはもうすっかり寝ていた。疲れた体と妙に冴えた頭で布団に横になったとき、私の足元には誰だかわからない子どもの頭があった。どこに自分の子がいるのかとおかしくて笑ってしまった。ごちゃごちゃに寝る子どもたち。教室の窓から星がいっぱい見えたこと。あの空の下ではみんながキャンプファイヤーをやっている。あの夜、なんだかわからないけど「これでいいんだ」としみじみ思ったこと。そしてキャンプファイヤーでウィマラさんに言われた言葉。「親のすべてに感謝しなくていいんです。あなたが今、こういう感性を持って生きていること。そういう風に育ててくれたことだけに感謝すればいい。」
初めて「いくえ」と名前を呼んだとき、ふと自分の母親の目線になっていることに気づいた。そうか、母は私をこんな風に見つめていたんだ。きっとかわいかったに違いない。あの人も色々抱えて大変だったんだろう。私は愛されていたんだ。ずっとずっと愛されていないと思っていたけど、ちゃんと愛してくれていた。
おかあさん、ありがとう。
そして私のところへやってきてくれた子どもにありがとう。
多くの気づきを与えてくれた皆さんに心から感謝します。     
                                                 (2006.12月)


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2009-09-30 [学び]

きのうは久しぶりの分析。駅の改札を出るとき、無意識の大きな丸い世界に入り込んでいくような

気持ちになる。覚悟を決めて行く。

先生は、この間私が体調を崩したことを非常に心配していてくれて、「どうでした?それで今はどう?」

と聞いてくれた。帰りも必ず「とにかく身体を大事に。無理しないで。」と言って見送ってくれる。

分析の内容はとても個人的なものなので詳しく書かないが、私にはつなげられなかった断片的なものが

分析家によってつなげられてひとつの物語になっていくのはいつもいつも感激だ。

きのうも「よくやってるなあ、私。。。」と思って涙が出た。自分への理解が深まる。

自分の寝ている姿を見たということは、あれは幽体離脱だったんじゃ...?と気づき、犬がいたことなども

話すと、犬はオオカミ→「神様」なのだそうだ。

最後に「夢にゆだねればいいのかもしれませんね。」と、先生の本に書いてあった言葉がご本人の口から

出てきて、「これか!」と内心飛び上がるような気持ち。

日記を見てみたらここのところ毎日ちゃんと夢を見ていて皆勤賞だった。


これから水泳。雨だけどがんばって行く。今日行かないと今度いつ行けるかわからないから...。

素敵な年上の女性に知り合えたしあわせ。。。ああやって生きていきたいな、あんなふうにありたいな

と思える人たち。尊敬できる好きな人がまわりにいることに感謝。。。

それにしても身体ガチガチ。運動不足。ちょうど行き帰り歩きでいいかも。




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ジュディス・カーペンターさんのワークショップ [学び]

待ちに待ったジュディスさんのワークショップ

最後に言われた「...それは偽りではないですか?頭で考えたものじゃないですか?」

という言葉。効いた~~!

私が描いた図がほんとうに正しければ、何を求めてこのワークショップへ来たのか。

ここ数日間、とても満たされた気持ちでいたのも確かだ。

私はほんとうに変化を望んでいるんだろうか?目標を達成したいと思ってるんだろうか?

また、このワークショップはいろんなことに気づかせてくれた。

私が過去に求めたものすべて、ほとんどすべて現実化しているのにも気づいた。

かつての恋人も理想的な人だった。それから結婚相手子ども、店...。

一時的ではあったにせよ手に入れて、でも、満たされないのはなぜなのか?

夕方はものすごい湿気だった。家ではパパとこどもが迎えてくれる。

一緒に買い物に行きながら、ここにいる二人も私が求めて現実化したのだ、と思う。

それでもなぜ、まだ求める?

私は一体何がほしいのか。


今回、とても大きな課題を与えられた気がする。

わたしがほしいのは、自分自身との正直なコミュニケーションじゃないのか?

オープンに心を開くこと。自分自身に。それができれば他人ともできる気がする。

現実を見て、もっと感じることを恐がらなくていいのに。ただ、その感情がそこにあるって

気づけばいいだけなのに。

たぶん、すごくこわいんだなと思う。自分のなかの怒りとかネガティブな感情を出すのが。

それがどれだけのものかわからないから。


なんでか右肩の力がぜんぜん抜けなくなってしまった。







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箱庭 [学び]

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分析へ。待合室ソファで、ひじかけに足を乗せ、大股開きでケータイをいじって

野球の試合結果を見ていた息子よ。。。おかあさんはあなたのもらってきたマック

爆弾みたいなおもちゃ(どこか一方を差し込むと他の一方が飛び出す)に、「えっ!なにこれ!?

ちょっとなんなのこれ!?」とてこずっているとき、先生がやってきた。家か?家の風景か?

もうこれでぜんぶ見られたような気がした。

せっかくだから坊ちゃんメインで今日は箱庭。

でっかい!本で見ていた印象より箱がとてもでかかった。

砂もたっぷり入っていて砂場と言ってもいいくらい。そこにありとあらゆるおもちゃ好きなように置いて

いいのである。

私は入らないで見ているだけだったけど、自分が作ったらどんななんだろう...と計り知れないものを

感じた。ほんとにあの世界は...すごい。ある意味、話をしていたほうが楽かも。いやわからない。

目の前で「絵を描いてください」と言われているようなもので、初めてのときは照れくさいだろうなあ。

こどもは乗りもの、線路が好きで、ガンダムもぜんぶほうり込んでいたなあ。本で見たような

秩序だったものなんて作らなかった。6歳だもんなと思う。そして、通えば変わっていくのだろう。


晩ご飯を食べながらオールスターを見てリラックスしまくっていたら、先生から電話。

青いボールペンを忘れたことをわざわざ伝えてくれた。今日の分析でもはじめに「これ、いる?」と

ミスタードーナッツの20%オフパスカードをくれた。「ミスタードーナッツよく行くって言ってたから。

うちの近くにはないから。」と言って。はて?そんなこと言ったかなあと覚えていない。ああ、でも

言った、言った。前回、たしか。よく覚えていてくれたなあと思う。

「ありがとうございます」と大事にいただいてアドレス帳にはさんだ。ゴールドカードみたいに

光ってた。

たったカード一枚のことなんだけど、うれしいし、こういうことのおかげで自分が生かされてる

感じがする。たぶん、捨てられないかも。期限が過ぎても。

空の青が久しぶりで、雲が宇宙船みたいに見えた日だった。





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アレルギー体質の子 [学び]

今朝はたまご焼きに挑戦していた息子。きのうの朝は自分で味噌汁を作っていた。

にんじんと油揚げの。誰かに作ってもらうってなんておいしいんだろう!私は三杯もおかわりした。

まだ6歳だからと言ってやらせないのではなく、もうできるし、やってみたいときに

どんどんさせるのがいいと思う。

これはちょっと前に聞いた話で、メモしたのだが見つけられない。覚えていることだけ書くと、

アレルギーの子は交感神経が優位に立つことが大事という話だった。

それがどういうことかというと、自分で主体的に行動してワクワクすること。

例をあげると、たまごアレルギーの子がお父さんお母さんがいないときに一人で留守番をしていて

「たまご焼きつくってみよう!」と自分で作り食べてもアレルギー反応は出ないということがあるらしい。

なぜ出ないのか。それは自分で考えて行動してワクワクして喜びがあるからだ。

そういった脳の状態を、日常的に多く作っていく。

アレルギー体質だからといって親が1から10まで管理するのはいけない。もっとこどもに考えさせ、

行動させることが大事。そんな話だった。

私の子はたまごアレルギーで何年か食事制限がほんとうに大変だったけれども、もう成長して

自然に治ったが、この話をもっと早く知っていればよかったと思った。自分はそれほどでもなかったと

思うが、やはりこどもがアレルギー体質だと心配でついつい親が口うるさくなってしまうことがある。

でも、その子が自分で考えて行動することはとても大切なことだ。

だって生きていくのはその子だもの。何かあったときに自分で対処していかなくてはいけないのだから。

とは言え、親がこどもの成長のジャマをしないでいることってほんとに難しい。

注意したほうが自分が安心だから。でも、それは結局親のためなんだ。

子育てって難しい。私も日々、試行錯誤。




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初めての教育分析 [学び]

教育分析。先生はひと目見て「ああ、この人なら...」と思える方だったので安心した。

集中した80分。今までこの5年間発見してきたことをまとめて話すのは疲れることだった。

別に求められたわけではないが、自分を知ってもらうためにできるだけ話そうとしていた。

そして、最近みた夢でいちばん物語性のあったのを話してみる。

まず、夢のはじまりはスカイダイビングだった。知らない数人と飛行機から飛び降りたら

私のパラシュートかわからないがからまって開かない。私も一緒に落ちながらその様子をみている。

次。どこか外国のようなとても美しい自然の場所にいる。澄んだ湖があり、湖面にまわりの山や木々が

映って、おとぎ話のようにきれいな場所だった。私は知らない人とそこを旅しているようだった。

場面が変わり、建物の中。屋根裏のような場所にはしごをかけて上っている。小さな扉があり

鍵がついている。開けると本が一冊、マニュアル本のようだ。そこにジャンケンで何を出したら勝つかの

答えが載っている。私は急いでそのジャンケンを覚える。グー、チョキ、パー、グーだったか、絵で答えが

描かれている。早く答えを覚えて戻らなくてはいけない。私が代表して答えを探しに来ているのだ。

どうも、この旅はここにいる男の人とのジャンケンに勝たないと終わらないようなのだった。

そして場面が変わり、保育園のような場所にいる。こどもの保育園の先生たちがいて、部屋に

置かれたソファに私はくつろいで座っている。先生たちの前なのだが、家にいるときのように

だらーっと座っている。先生たちの前なのに...とちょっとためらいがあるのだが、いいやと思い、

だらっとしている。そして園長先生となぜかスパイスの八角の話をしている。そこで夢が終わる。


こんな話...と内心思いつつも、勇気を持って話してみると、先生は「すごい!!いっぱいイメージが

入っていますね...。できすぎてるというくらい...。」と言っていた。

そして私にはさっぱりわからなかった夢が、少しずつ紐解かれていった。でもはっきりとではない。

パラシュートが開かないこと、屋根裏部屋のような扉のこと、覚えたジャンケンが3つでなく4つだった

こと、人の前でくつろいでいること、スパイスがでてきたこと...。

先生は決して多くを語らなかったが、これらを取り上げてくれたことで、何か解けないパズルの手がかり

を向こうからポーンと放ってもらったような感じがした。

また、家族の話をしていて、統合失調症になってしまった兄のことを先生が「お兄さんかわいそうでしたね。

そうやって引っぱられたら分裂するしかないもんね...。」と言った。ああ、やはり兄は生きていくために

そうならざるを得なかったんだ、精一杯生きた結果だなと思った。



帰りに学習院の幼稚園に通う子供たちか、きれいな格好をしたお母さんたちに連れられて電車を待つ

子を多く見かけた。私にはああいう風にこどもを育てられない、あんなきれいに毎日できないなあと思う。

私はGパンでGAPのリュックを肩にかけている。他にもサラリーマン、大学生、外国人、、、たくさんの

人を見た。みんな険しい顔をしたり、笑ったりしてどこかへ向かっていく。迷いもなくスタスタと目的地へ

向かっているように見える。こんなにもたくさんの人が生まれて、生活をして、止まることなく続いていく。

電車もたくさんの人を乗せて走ってる。なんなのかなあ、この世界は、と思った。


初回の分析は予想以上にぐったりと疲れるものだった。帰ってきて、疲労がどんどん覆いかぶさってくる

ようだった。

寝るときは枕元に紙とペンを用意して寝た。夜中、はっと起きたときに、がんばって書き留めた。











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泳ぎから学ぶこと [学び]

きのう、二ヶ月ぶりくらいに水泳。泳げないだろうなとドキドキしていたが、コーチ

リードのおかげで「感じ」を取戻す。泳ごうとすると力が入って固まって泳げない。

これは何でも言えると思う。書こうとすると書けない。あるのはほんの意識だけ。ほんの少し

気にとめるだけで身体は自然に動いていくもの。自然の流れに乗るととても楽なんだ。

きのう意識したのは、身体を前に沈めるということと、前に出した手をさらに伸ばす、その親指で

広がるようにハの字に押し出していくということ。常に前体重、浮こうとしない、沈むことが浮くことの

ポイント。それから水を信頼すること。

とてもきれいに気持ちよく泳げていたそうだ。他にバタフライ、バックキック、平泳ぎのほんのさわりだけ、

感じをつかむために浮き沈みの感覚をお遊びでやった。あ~、私にもバタフライなんて言葉が聞ける

なんて、すごい!!死ぬまでできないだろうと思っていたのに。。。

泳いでいると水面の光が高い天井にあたってゆらゆらと光っているのが見えたり、プールの水の

なかの青色、光の具合がたまらなくきれいだなと思う瞬間がある。必死ななかでもそういうきらめきを

時折発見するとうれしくなる。ああ、ほんとはこれを見たいから泳いでいるのかなと思うくらいだ。

その光と青のなかで自由に泳ぐ、まだ不自由だけれど、それができたらほんとうに喜びだろうな

と思う。コーチは火曜日、朝の10時半から17時半までプールにいたそうだが...そんなこと好きじゃ

なきゃできない。皮膚がふやける~~。どんな具合になるんだろう。「さすがにへろへろで、(体重)

1キロ減っていた」と言っていた。

しばらく行かないうちに喫茶店ドルフィンがなくなってちゃんとしたお店になっていたようだった。

料理の量が多いそうなので今度こどもと行ってオムライスを半分こしようと思う。普通の食べものを

出す店になってくれてよかった。

コーチから外国のチョコ、きれいな光るうすいグリーン色した包み紙に「Andes」と書いたミントの

チョコレートをもらう。ミントって嫌いなのだけどこれはおいしかった。ミントの間に普通のチョコが

はさまっている。持って帰って子どもと食べた。「なかなか見つけられなくて、やっとあったの。」と

言っていたが、どこに売っているのかな。

水泳のおかげで一日身体が軽かった。あのどうしようもない肩のコリと重い疲れがふっとんで

元気になって夜更かししてしまった。あのコーチの素晴らしく明るい、強い、ほがらかなエネルギーも

相変わらず健在で、会うだけでうれしくなるような人だ。ほんとに出会えてよかった。同時に毎日

苦手な人にも会うが、私がフォーカスするのはあのポジティブなエネルギーだ。あらためて思う。

教育分析を調べて受けることにした。またひとつ夢が増えた。ほんとうにとおいとおい先でいいから

叶ったら素敵だなというような。











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この一ヶ月で変わったこと [学び]

いま、タイムリーにNHKの「みんなのうた」で「虹色ラブレター」という曲が流れていたので

一緒に歌いました。すごく素敵な歌なのでみなさんも聴いてみてください♪


このあいだ久々に水泳に行きました。あとでスケジュール帳を見るとちょうど一ヶ月行ってませんでした。

最後のレッスンから一度も練習に行かなかったのです。でも不思議なことに、ものすごくのびのびと

泳げるようになっていた!コーチもまわりで泳いでる人も「すごく気持ち良さそうに泳いでる」と言うくらい。

なにも練習してないのに不思議です。この一ヶ月であったことで思い当たることといえば、タイマッサージ

行ったこと、そして内面の変化があったことです。あと厄払いとか(笑)。

自分への肯定感が高まり、自分自身を認められるようになったこと、信頼感ができたことがきっと水への

抵抗も少なく飛び込んでいけるようになったのかと思います。それくらいしか思い浮かばない。

ほんとうに自分でもわかるくらい全身の余分な力が抜けてのびのびと泳いでるのがわかりました。

ほめられてすっかりいい気になって帰ってきた私でした。

感情や内面の変化ってここまで身体に変化をおよぼすんだってびっくりしました。

バタフライ平泳ぎという言葉もちらりと聞こえてきて、すっかりうれしくなりました。

1時間泳いだらさすがにへとへとで疲れました。











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