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「何も言えなくて...夏」~自然育児友の会 2006年12月の会報から [学び]

以前、ブログでお伝えしましたが、今日は私が3年前に書いたワークショップ体験記をここにご紹介しようと思います。私は息子が生後6ヶ月の頃からNPO法人自然育児友の会の会員でした。会員といっても、慣れない育児や家事に追われ、月に一度送られてくる会報もあまり目を通さずそのままということも多く、イベントやお茶会にも一度も行ったことがありませんでした。そんな感じで何年も過ぎていましたが、2006年の夏に開かれた井上ウィマラさんという方(高野山大学の教授で瞑想ファシリテーター)のワークショップに参加してみようと思い立ち、子連れで大変な思いをしながら藤野の山の中へ。。。ワークショップは3日間でしたが、そこで深い深い体験をしました。そのときのことを友の会のスタッフの方に「書いてみない?締め切り明日だけど...」と誘われ、思うままに5時間ほどかけて一気に書き上げたのがこの文章です。2006年の12月号の会報に載りました。
そのときは、まだ日常で文章を書くということもなく、夫と飲食店を経営していましたから毎日仕事と家事と育児に追われていました。ほんとうに久しぶりに想いを言葉にして紙に書きなぐったのです。
今、久しぶりに読み返してみると、ここには親との関係が自分のなかで解消されたように書かれていますが、実際にはこれがほんの皮切りで、問題に向き合うきっかけであったように思います。まだここからぼろぼろと垢のように様々な出来事が起きてきましたし、3年経って依然として家族の関係で問題がなくなったわけではありません。ただ三年経って、次兄は統合失調症、母親は発達障害であることを私のなかで受けとめられるようになりました。次兄は相変わらず幻覚と幻聴があるようですし、電話で母親と話しても私の中にはなにかねじれたような感覚が生まれます。私自身も子どもの頃から過呼吸やたくさんの神経症に悩まされてどうしてそうなるかわからなかったのですが、今はその理由や、何より許せなかった自分の行動を理解できるようになりました。どうしても許せなかった兄を「いいんじゃない?(病気)治らなくても。今楽しく生きられれば。」と力抜いて言えるようになりました。家族から離れて、ほんの少し幅広い視野で見ることができればこんなにも変わるのかと思います。そして時間が経つこと、日々の生活が穏やかなこと、身近にいる息子...が一番私を救ってくれたと思います。
前置きがとても長くなりましたが、ここからご紹介したいと思います。


『何も言えなくて...夏』

 会報の井上ウィマラさんの連載「子育てはスピリチュアル」を毎回読んでいた。最終回は親への「感謝と自立」について書かれていて、一番心に残っていた話だった。
 藤野で行われる母子合宿にウィマラさんが招かれることを知ってすぐに申し込みをしようとしたが、なにせ子どもの頃から人一倍人見知りで人付き合いが苦手。あがり症で人前で話すこともダメ。「集団」と言う言葉だけでさーっと逃げたくなってしまう私が、はたして二〇名のお母さんたちの集まりについてゆけるのだろうか…とものすごく不安になった。それでも勇気を出して申し込んだのは、やはり自分自身がこのままじゃいけない、変わりたいという心の底からの欲求があったのだと思う。
 晴天に恵まれ、まさしく「夏!!」という強い日差し、澄んだ空気、もりもりした山の緑に囲まれてこの合宿は始まった。廃校になった小学校を宿泊施設にしたという「しのばらの里」。廊下には木琴などがそのまま置かれている。黒板、ピアノもそのまま…。「学校だー!」。
 ウィマラさんの最初のワークショップ「名前を呼ぶ息づかい」。
 みんなで輪になり、円のまん中に小さい頃の自分がいると想定して、子どもの頃に呼ばれていた呼び方で自分を呼んでみよう。そのときの息づかいを感じよう。声にならない息づかいから始めて次第に呼ぶ声を大きくしていってはっきりと言い、まただんだんと消えるまで呼び続ける。くり返し、くり返し。そのときの息づかいを感じてみる。
 「真ん中に小さい頃の自分」。そう言われて円の中心を見つめていたら、四歳頃の私が経っていた。髪をおかっぱにしてスカートをはいて不安そうに…。そのとたん涙があふれてくる。
 近所の人からは「いくえちゃん」、家族からは「いくえ」と呼ばれていた私。泣かれているのを周りの人に気づかれたくなく、窓のほうへ行って「いくえ、いくえ、いくえ、…」とくり返し言ってみる。どんどん涙が出てくる。私の小さい頃。裕福ではあったが決して幸福とはいえなかった子ども時代。
 そして、母。強烈な存在。最も影響を与えられた人。記憶が出てくる。引っぱっても引っぱっても途切れることなく出てくる紐のようにずるずると。
 しばらくして輪に戻って、今度は一人ずつ自分の名前を呼ぶ。真ん中に子どもの頃の自分がいると想定して。その後続けて皆で呼ぶ。もうすでに目の赤い人がいる。ああ、泣いているのは私だけじゃないんだ、とほっとする。
 次に、自分の名前のあとに、親から言ってほしかった言葉を言う。言葉は人それぞれ。「愛してるよ」だったり「大好きだよ」だったり…。私は「なにしてる?」だった。「いくえ、なにしてる?」
 私の記憶の中の母は、いつも窓辺に座ってぼんやりと淋しそうにしている母だ。テーブルにはカップが乗っている。おかあさん、おかあさんと呼んでもこっちを見ることなく無表情でぼんやりと庭のほうを見つめる母。そんな母を見て私はいろんなことを感じ取った。ああ、おかあさんはつかれているんだ。さみしそうだな。もっとこっちを向いてほしいのにいくら話しかけてもこたえてくれない。どうして?なんで?…
 そして思った。「なるべくおかあさんをこまらせないようにしよう。」
 私は段々とおとなしい子どもになっていった。いつもいつもおりこうさん。「いくえちゃんはいい子だね」とよく人に言われた。ほんとうはおかあさんにこっちを向いて笑って話を聞いてほしい。あのときの私の気持ちがそのままよみがえる。今、私が言ってみる。「いくえ、なにしてる?」続けてみんなの声。「いくえ、なにしてる?」
 いろんな人の声…。母と同じ声はないけれど、それはまるであの時の母に言われたかのように私の中にやさしく響く。とても大きく、とてもあたたかく。窓のほうでなく、私だけを見て、にっこりと笑って「いくえ、なにしてる?」
 その後もワークショップは続いた。
 みんなの子ども時代がよみがえり、それぞれが語り、泣き、共感し、全く知らない家族の話でも聞くたびに胸が揺さぶられ涙があふれる。みんなの満たされなかった思い、うしろめたさ、憎しみ、そして親が大好きだという気持ち…。だれかが泣いて途中で話せなくなっても、ただ待っている。あの時間体験したことはあまりに巨大すぎてどう表現していいかわからなかった。
 最終日、一人一人感想を言うことになり、自分の番がまわってきた。「まず、山と緑に囲まれたこの素晴らしい環境と皆さんに感謝します…。」
 涙があふれる。もう話せなくなってしまった。次の人もいるし早く話さなきゃと思うほど涙が出てきた。私は小さくなって泣き続けた。子どもが顔をのぞきこみながら「おかあさん、ないてるの?」と聞いてきた。思えばワークショップの間、ずっと体を小さくして泣いていた私は、あの四歳の頃の私だったと思う。
 みんなはひたすら待っていてくれていた。何の助言も、慰めの言葉もなく、ただじっと…。あの沈黙。みんなのエネルギー。「いいよ。待っているよ。いくらでも聞くよ。あなたを受けとめるよ…」みんながそう言ってくれた気がして、何か大きなものに包まれた心地だった。
 私がずっとずっと心の底で求めていた安心感、安堵感。「おかあさん!!」という叫び…。
 三日間のワークショップを終えて帰宅したとき、私はすっきりとゆるやかな気持ちになっていた。今まで感じたことのない心の穏やかさ。夫に話しかけられて返事したときの自分の声が変わっていて驚いた。ああ、親子の呪縛が解けたのだ…と知る。
 ぐちゃぐちゃでみっともなくても、ちゃんと話せなくても待っていてくれたみんな。いつもいつもこんなんじゃ愛してもらえないとおびえていた自分。でも、ほんとうの私をさらけだしても逃げることなくひたすら待っていてくれたみんな。
 正直、振り返りのミーティングまで、私はちゃんと話せなかったことを恥ずかしく思っていた。でもみんなと話す中で「あのとき、いくえさんが泣いていたとき、みんなも自分の体験を思い出し、重ね合わせて、味わっていたのだよ」「あの間がよかったのだ」と言われ、あの沈黙の中で、みんなもそれぞれ共に悲しみ、傷を癒していたことを知った。「このままでいいんだ…」私の中の自己肯定感がまた少し強まった。
 廊下に響く木琴の音、子どもたちの走る足音、「おかあさーん」と泣いて甘える子どもたち。
 二日目の夜だった。畳を敷いた広くうす暗い教室で子供たちはもうすっかり寝ていた。疲れた体と妙に冴えた頭で布団に横になったとき、私の足元には誰だかわからない子どもの頭があった。どこに自分の子がいるのかとおかしくて笑ってしまった。ごちゃごちゃに寝る子どもたち。教室の窓から星がいっぱい見えたこと。あの空の下ではみんながキャンプファイヤーをやっている。あの夜、なんだかわからないけど「これでいいんだ」としみじみ思ったこと。そしてキャンプファイヤーでウィマラさんに言われた言葉。「親のすべてに感謝しなくていいんです。あなたが今、こういう感性を持って生きていること。そういう風に育ててくれたことだけに感謝すればいい。」
初めて「いくえ」と名前を呼んだとき、ふと自分の母親の目線になっていることに気づいた。そうか、母は私をこんな風に見つめていたんだ。きっとかわいかったに違いない。あの人も色々抱えて大変だったんだろう。私は愛されていたんだ。ずっとずっと愛されていないと思っていたけど、ちゃんと愛してくれていた。
おかあさん、ありがとう。
そして私のところへやってきてくれた子どもにありがとう。
多くの気づきを与えてくれた皆さんに心から感謝します。     
                                                 (2006.12月)


コメント(1) 
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コメント 1

かし

泣きました。なんだか言葉になりません。
でもこれだけ言いたいです。
「このブログに載せてシェアしてくれて、
本当にどうもありがとう」
by かし (2009-12-22 16:47) 

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